第10帖 賢木(さかき)源氏物語
長き世の 恨みを人に 残しても かつは 心をあだとしらなん 源氏の狂おしい恋心を、 わざと軽く受けたようにしておいでになる藤壺の宮 〜未来永劫の怨みをわたしに残したと言っても そのようなお心はまた一方で すぐに変わるものと知ってください。 【第10帖 …
逢ふことの 難《かた》きを今日に 限らずば なほ幾世をか歎《なげ》きつつ経ん 藤壺の宮の元に忍びこみ 恋心を訴える 〜お逢いすることの難しさが今日でおしまいでないならば 何度生まれ変わっても嘆きながら過すことでしょうか 【第10帖 賢木 さかき】 「逢…
時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に 萎《しを》れにけらし 匂《にほ》ふほどなく 頭中将の乾杯の辞に対し、 源氏は微笑みながら杯を取った 〜時節に合わず今朝咲いた花は夏の雨に しおれてしまったようです。 美しさを見せる間もなく 【第10帖 賢木 さかき】 そ…
それもがと 今朝《けさ》開けたる初花に 劣らぬ君が にほひをぞ見る 親友の頭中将が乾杯の辞を述べる 〜それを見たいと思っていた 今朝咲いた花に劣らないお美しさの わが君でございます。 【第10帖 賢木 さかき】 それもがと 今朝《けさ》開けたる初花に 劣…
ありし世の 名残《なご》りだになき 浦島に 立ちよる波の めづらしきかな 源氏の歌に対して 藤壺の宮の返歌 〜昔の名残さえないこの松が浦島のような所に 立ち寄る波も珍しいのに、 立ち寄ってくださるとは珍しいですね。 【第10帖 賢木 さかき】 解けてきた…
ながめかる 海人の住処《すみか》と 見るからに まづしほたるる 松が浦島 出家した藤壺の宮の元を訪ねた源氏。その時の歌 〜海藻を刈る海人が住む松が浦島、 物思いに沈んでいらっしゃるお住まいかと存じますと 何より先に涙に暮れてしまいます。 【第10帖 …
音に聞く 松が浦島《うらしま》 今日ぞ見る うべ心ある海人《あま》は住みけり 源氏の君が口ずさんだ古歌 素性法師(そせいほうし)の歌 〜この島が有名な松が浦島なのだ。 だから情趣を解する海人ならぬ 尼が住んでいるのだなあ。 【第10帖 賢木 さかき】 …
大方《おほかた》の 憂きにつけては いとへども いつかこの世を背《そむ》きはつべき 出家をした藤壺の中宮から源氏の君、東宮様に 〜世の中のの嫌なことからは離れたけれども、 子どもへの煩悩は いつになったら すっかり離れ切ることができるのでしょうか…
月のすむ 雲井をかけて したふとも このよの闇に なほや惑はん 藤壺の中宮の出家に心乱れる源氏の君の歌 〜月のように澄んだ心で御出家の境地をお慕い申しても なおも子ども(東宮さま)ゆえの この世の煩悩に迷い続けるのでしょうか。 【第10帖 賢木 さかき…
法華経はいかにして得し薪こり 菜摘み水くみ仕へてぞ得し 大僧正 行基 様のお読みになった歌 〜法華経の教えを私が得たのは何故かというに、 前世において薪を樵り、 菜を摘み、水を汲んで、 阿私仙に仕えて得たのである 【第10帖 賢木 さかき】 今日の講師…
ながらふる ほどは憂《う》けれど 行きめぐり 今日はその世に 逢ふ心地《ここち》して 桐壺院の御一周忌に藤壺の中宮に手紙を送った源氏。 その中宮のお返事の歌 〜生きながらえておりますのは辛く嫌なことですが 一周忌の今日は、 亡き桐壺院の生きておられ…
別れにし 今日《けふ》は来れども 見し人に 行き逢《あ》ふほどをいつと頼まん 〜故院にお別れ申した今日という日ががめぐって来ました。 雪は降っても その人に また行きめぐり逢える時は いつと期待できようか。 【第10帖 賢木 さかき】 中宮は院の御一周…
あひ見ずて 忍ぶる頃の 涙をも なべての秋の しぐれとや見る 朧月夜の君(尚侍)の手紙への返事 by 源氏の君 〜貴方に お逢いできずに 恋い忍んで泣いている涙の雨までを ありふれた秋の時雨とお思いなのでしょうか 【第10帖 賢木 さかき】 どんなに苦しい心…
木枯《こがら》しの 吹くにつけつつ 待ちし間《ま》に おぼつかなさの頃《ころ》も経にけり 初時雨が降りそうな様子の見える頃 朧月夜の内侍から源氏に手紙が届く 〜木枯しが 吹くたびごとに訪れを待っているうちに 長い月日が過ぎてしまいましたよ。 【第10…
月影は見し世の秋に変はらねど 隔つる霧のつらくもあるかな 〜月の光は昔の秋と変わりませんのに 隔てるように霧がかかっているのが つらく思われるのです。 (中宮様との間に隔たりがあるのが悲しく思います) 【第10帖 賢木 さかき】 「ただ今まで御前にお…
九重《ここのへ》に霧や隔つる雲の上の 月をはるかに思ひやるかな 院との思い出がお心に浮かび 源氏の君へ 命婦に伝えさせた歌 by 藤壺の中宮 〜宮中には霧が幾重にもかかっているのでしょうか。 雲の上で見えない月を はるかにお思い申し上げますことよ。 …
白虹貫日 太子畏之 白虹 日を貫けり、太子おぢたり 〜謀叛の兆しがある。 しかし太子はその失敗を懼れている ある時、燕の国の太子・丹が荊軻(けいか)に秦の始皇帝の暗殺を頼んだ。 依頼を受けた荊軻が秦国に入国するために易水の川を渡った頃、 太子・丹…
そのかみやいかがはありし 木綿襷《ゆふだすき》 心にかけて 忍ぶらんゆゑ 〜その昔 あなたと私の間が どうだったとおっしゃるのでしょうか。 木綿襷を心にかけて偲ぶと おっしゃるわけが分かりかねます。 【第10帖 賢木 さかき】 斎院のいられる加茂はここ…
かけまくもかしこけれどもそのかみの 秋思ほゆる木綿襷《ゆふだすき》かな 源氏は斎院に榊に木綿(ゆう)をかけて 神々しくした枝につけて送った 〜口に出して言うことは恐れ多いことですけれど その昔の秋のころのことが思い出されます 【第10帖 賢木 さか…
あさぢふの露の宿りに君を置きて 四方《よも》の嵐《あらし》ぞしづ心なき 源氏は紫の上に、情のこもった手紙を送る 〜浅茅生が生い茂る露のようにはかないこの世に あなたを置いてきたので 四方から吹きつける世間の激しい風を聞くにつけ 心が落ち着きませ…
風吹けば先《ま》づぞ乱るる色かはる 浅茅《あさぢ》が露にかかるささがに 源氏は紫の上に、手紙を送る。 紫の上は白い色紙に返事を書いて送った 〜浅茅生が生い茂る露のようにはかないこの世に あなたを置いてきたので 四方から吹きつける世間の激しい風を…
そのかみを今日《けふ》はかけじと思へども 心のうちに物ぞ悲しき 十六で皇太子の妃になって、二十で寡婦になり、 三十で今日また内裏へはいった‥六条御息所の歌 〜昔のことを今日は思い出すまいと堪えていたが 心の底では悲しい気持ちでいっぱいである。 【…
年暮れて 岩井の水も 氷とぢ 見し 人影の あせも行くかな 藤壺の中宮と源氏の君が院のご在世中の話をしておいでになった。 悲しみの中の王の命婦の歌 〜年が暮れて 岩井の水も凍りついて 見慣れていた人影も 見えなくなってゆきますこと。 【第10帖 賢木 さ…
さえわたる 池の鏡の さやけさに 見なれし影を 見ぬぞ悲しき 宮の迫った実感のこもった歌に涙が溢れ、 源氏は、凍った池を眺めがなら歌った❄️ 〜氷の張りつめた池が鏡のようになっているが 長年見慣れたそのお姿を見られないのが悲しい 【第10帖 賢木 さかき…
蔭《かげ》ひろみ 頼みし松や 枯れにけん 下葉散り行く年の暮《くれ》かな 〜木蔭が広いので頼りにしていた松の木は 枯れてしまったのだろうか その下葉が散って行く今年の暮ですね。 【第10帖 賢木 さかき】 中宮は三条の宮へお帰りになるのである。 お迎え…
行くかたを ながめもやらん この秋は 逢坂山を 霧な隔てそ 〜あの方が行った方角を眺めていよう、 今年の秋は 逢うという逢坂山を霧よ隠さないでおくれ 【第10帖 賢木 さかき】 斎宮は十四でおありになった。 きれいな方である上に 錦繍《きんしゅう》に包ま…
鈴鹿川 八十瀬の波に 濡れ濡れず 伊勢までたれか 思ひおこせん 〜鈴鹿川の八十瀬の波に袖が濡れるか濡れないか 遠い伊勢に行った先まで 誰が思いおこしてくださるというのでしょうか。 【第10帖 賢木 さかき】 斎宮は十四でおありになった。 きれいな方であ…
ふりすてて今日は行くとも鈴鹿《すずか》川 八十瀬《やそせ》の波に袖は濡れじや 〜わたしを振り捨てて今日は旅立って行かれるが、 鈴鹿川の多くの瀬の波に 袖を濡らして後悔なさいませんでしょうか。 【第10帖 賢木 さかき】 斎宮は十四でおありになった。 …
国つ神 空にことわる 中ならば なほざりごとを 先《ま》づやたださん 伊勢に出立の日にきた源氏の君への返歌 by 斎宮 国つ神がお二人の仲を裁かれることになったならば あなたの実意のないお言葉をまずは糺されることでしょう 【第10帖 賢木 さかき】 十六日…
八洲《やしま》もる 国つ御神《みかみ》も こころあらば 飽かぬ別れの 中をことわれ 〜日本をお守りあそばす国つ神もお情けがあるならば 尽きぬ思いで別れなければならない 私たちの仲について、 どうしてなのか訳をお聞かせ下さい 【第10帖 賢木 さかき】 …