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源氏物語&古典blog✨🪷 🌿和歌 ときどき漢文🌿

源氏物語、枕草子をはじめ古典の中の 美しい和歌 漢文を紹介してまいります🌸

あひ見ずて忍ぶる頃の涙をもなべての秋のしぐれとや見る〜朧月夜の君(尚侍)の手紙への返事 by 源氏の君🍂

あひ見ずて 忍ぶる頃の 涙をも

なべての秋の しぐれとや見る

朧月夜の君(尚侍)の手紙への返事

by 源氏の君🍂

〜貴方に お逢いできずに

 恋い忍んで泣いている涙の雨までを

 ありふれた秋の時雨とお思いなのでしょうか

 

【第10帖 賢木 さかき

どんなに苦しい心を申し上げてもお返事がないので、

そのかいのないのに私の心は

すっかりめいり込んでいたのです。

 あひ見ずて 忍ぶる頃の 涙をも

 なべての秋の しぐれとや見る

心が通うものでしたなら、

通っても来るものでしたなら、

空も寂しい色とばかりは見えないでしょう。

などと情熱のある文字が列《つら》ねられた。

こんなふうに女のほうから

源氏を誘い出そうとする手紙は ほかからも来るが、

情のある返事を書くにとどまって、

深くは源氏の心にしまないものらしかった。  

 

 

源氏物語 第十帖 賢木 さかき】

正妻の葵の上が亡くなった。

六条御息所も晴れて源氏の正妻に迎えられるだろうと

世間は噂していた。

しかし 源氏は冷たくなり 縁が程遠くなった御息所。

彼女は 悩みながらも斎宮とともに伊勢に下ることにする。

いよいよ出発間近となった。
  このまま別れるのはあまりにも忍びないと、

源氏も御息所のもとを訪ねる。

顔を合わせてしまうとやはり再び思いが乱れる御息所だったが、

伊勢へと下って行った。

 

 桐壷院の病が重くなる。

死期を悟った院は朱雀帝に春宮と源氏のことを

遺言で託した後  ほどなく崩御してしまう。
  時勢は、

左大臣側から朱雀帝の外戚である右大臣側に移って行った。

朱雀帝の優しい性格もあって、

政治は右大臣に権力が集中していった。

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