いとどしく 虫の音ねしげき 浅茅生あさぢふに 露置き添ふる 雲の上人うへびと
〜虫の声がしきりにしているこの草深い荒れ果てた家に、
ますます悲しみの涙の露を置き添える宮中のお方よ。
桐壺更衣 きりつぼのこうい亡き後の里を、
帝の使者として見舞った靭負命婦ゆげいのみょうぶが宮中に戻ろうというとき、
桐壺更衣の母が靭負命婦に詠みかけた歌。
〜だれのためにも苦痛を与えるようなことはしなかったという自信を持っていたが、
あの人によって負ってならぬ女の恨みを負い、
ついには何よりもたいせつなものを失って、
悲しみにくれて以前よりももっと愚劣な者になっているのを思うと、
自分らの前生の約束はどんなものであったか知りたいと
お話しになって湿っぽい御様子ばかりをお見せになっています」
どちらも話すことにきりがない。
命婦《みょうぶ》は泣く泣く、
「もう非常に遅《おそ》いようですから、
復命は今晩のうちにいたしたいと存じますから」
と言って、帰る仕度《したく》をした。
落ちぎわに近い月夜の空が澄み切った中を涼しい風が吹き、
人の悲しみを促すような虫の声がするのであるから帰りにくい。
『鈴虫の 声の限りを 尽くしても 長き夜飽かず 降る涙かな』
車に乗ろうとして命婦はこんな歌を口ずさんだ。
『いとどしく虫の音《ね》しげき浅茅生《あさぢふ》に露置き添ふる雲の上人《うへびと》』
かえって御訪問が恨めしいと申し上げたいほどです」
と 未亡人は女房に言わせた。
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