いさらゐは はやくのことも 忘れじを
もとの主人《あるじ》や面《おも》変はりせる
by 源氏の君
〜小さな遣水は昔のことも忘れないのに
もとの主人は姿を変えてしまったからであろうか
【第18帖 松風 まつかぜ 21】
「一度捨てました世の中へ帰ってまいって
苦しんでおります心も、お察しくださいましたので、
命の長さもうれしく存ぜられます」
尼君は泣きながらまた、
「荒磯《あらいそ》かげに心苦しく存じました二葉《ふたば》の松も
いよいよ頼もしい未来が思われます日に到達いたしましたが、
御生母がわれわれ風情の娘でございますことが、
御幸福の障《さわ》りにならぬかと苦労にしております」
などという様子に品のよさの見える婦人であったから、
源氏はこの山荘の昔の主《あるじ》の親王のことなどを
話題にして語った。
直された流れの水はこの話に言葉を入れたいように、
前よりも高い音を立てていた。
住み馴《な》れし 人はかへりてたどれども
清水《しみづ》ぞ宿の主人《あるじ》がほなる
歌であるともなくこう言う様子に、
源氏は風雅を解する老女であると思った。
「いさらゐは はやくのことも 忘れじを
もとの主人《あるじ》や面《おも》変はりせる
悲しいものですね」
と歎息《たんそく》して立って行く源氏の美しいとりなしにも
尼君は打たれて茫《ぼう》となっていた。
🪷静かな余韻(Quiet suggestiveness) written by 蒲鉾さちこ🪷
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