涙川 浮ぶ水沫《みなわ》も 消えぬべし
別れてのちの 瀬をもまたずて
〜涙川に浮かんでいる水の泡も消えてしまうでしょう。
生きて再びお会いできる日を待つこともなく。
【第12帖 須磨 すま】
源氏はまた途中の人目を気づかいながら
尚侍《ないしのかみ》の所へも別れの手紙を送った。
あなたから何とも言ってくださらないのも
道理なようには思えますが、
いよいよ京を去る時になってみますと、
悲しいと思われることも、
恨めしさも強く感ぜられます。
逢瀬《あふせ》なき 涙の川に 沈みしや
流るるみをの 初めなりけん
こんなに人への執着が強くては仏様に救われる望みもありません。
間で盗み見されることがあやぶまれて
細かには書けなかったのである。
手紙を読んだ尚侍は非常に悲しがった。
流れて出る涙はとめどもなかった。
涙川 浮ぶ水沫《みなわ》も 消えぬべし
別れてのちの 瀬をもまたずて
泣き泣き乱れ心で書いた、
乱れ書きの字の美しいのを見ても、
源氏の心は多く惹《ひ》かれて、
この人と最後の会見をしないで
自分は行かれるであろうかとも思ったが、
いろいろなことが源氏を反省させた。
恋しい人の一族が
源氏の排斥を企てたのであることを思って、
またその人の立場の苦しさも推し量って、
手紙を送る以上のことはしなかった。
【源氏物語 第十二帖 須磨(すま)】
朧月夜との仲が発覚し、追いつめられた光源氏は
後見する東宮に累が及ばないよう、
自ら須磨への退去を決意する。
東宮や女君たちには別れの文を送り、
一人残してゆく紫の上には領地や財産をすべて託した。
須磨へ発つ直前、桐壺帝の御陵に参拝したところ、
生前の父帝の幻がはっきり目の前に現れ、
源氏は悲しみを新たにする。
須磨の侘び住まいで、
源氏は都の人々と便りを交わしたり
絵を描いたりしつつ、淋しい日々を送る。
つれづれの物語に明石の君の噂を聞き、
また都から頭中将がはるばる訪ねてきて、
一時の再会を喜び合った。
やがて三月上巳の日、
海辺で祓えを執り行った矢先に
恐ろしい嵐が須磨一帯を襲い、
源氏一行は皆恐怖におののいた。
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